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[現地取材]インドネシアから見る~スマホが築いた現代社会~
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日本の携帯電話市場は「ガラパゴス諸島」と呼ばれていた時期がありました。
2000年代半ばまで、日本の携帯端末は海外のどのメーカーのものよりも高性能・多機能を誇っていました。
それ故に互換性がなく、また日本だけにしかないコンテンツが次々開発されたため我々の国は「ガラパゴス」となっていきました。
iPhoneが普及した今現在も、じつはその名残があるようです。
ここでは経済成長著しいASEANの新興国インドネシアを例に取り、それぞれのスマートフォン事情を比較していきましょう。
目次
前編・巨大スマホ市場としてのインドネシア
前編では、巨大スマホ市場を誇るインドネシアについて触れていきます。
無許可で販売してはいけないiPhone

インドネシアでも、スマートフォンは普及しています。むしろ、ある側面では日本以上にスマホが浸透しているとも言えます。
インドネシアという国は、日本以上に市民間の経済格差があります。
首都ジャカルタの最低法定賃金が日本円で月3万円にも満たない国では、iPhoneは高級品。
日本のように、女子高生がiPhoneをいじっているという光景はなかなか見ることができません。
ですがそれでも、iPhoneを2年契約のローンで買う人や中古端末を探す人もいて、庶民にとってまったく縁のない代物というわけでもないようです。
中には中央政府が販売許可を下す前に、最新型iPhoneを海外から取り寄せるガジェットマニアもいます。
さて、ここで注目すべきは「中央政府の販売許可」という実態。実はインドネシアでは、電子機器を国内流通させるために中央政府の認可を得なくてはなりません。
なぜかと言えば、スマートフォンの場合はその全構成部品(ソフトウェア込み)の3割を国内で調達しなければならないという規制を設けているからです。
それをクリアしなければ、国内の正規代理店で新型iPhoneを店頭販売することはできません。
その目的はふたつあります。まずはインドネシアに国外からの投資を呼び込むこと、もうひとつは国際的メーカーにインドネシア現地法人を設立させることです。
とくに後者に関しては、Appleに限らずGoogleやFacebookなどとも協議を重ねました。
これらの企業がインドネシアで大々的に活動しているのに、なぜ国内に法人格がないのかということが問題視されたからです。法人税は、法人格の事業所からしか徴収できません。
Android端末が市場に君臨
そのようなこともあり、インドネシアでの新型iPhoneリリースは他国に比べて遅れがちです。
例えば、2018年発売のiPhone XSやXS MAX、XRは12月の発売を予定しています。
一方、Android端末はより新陳代謝が早く、また価格も安いため庶民の間では浸透しやすいという側面があります。
今現在のインドネシアで最も人気を集めるメーカーは、中国Oppo。日本ではガジェットマニアでない限り、あまり聞き慣れない名前です。
ですがOppoは、国際市場では急激な成長を遂げた会社として知られています。
Oppoの製品は、高いものでも500万ルピア(約4万2000円)を少し超える程度です。
この価格帯はいわゆるミドルエンドクラスというもので、通話とSNSしか用途がない場合は100万ルピア(約8400円)ほどの機種でも充分に活躍できます。
インドネシアのスマホは、SIMフリーが前提です。街角の雑貨屋でSIMカードが売られています。
購入の際の身分調査というものも一切なく、お金さえ出せば誰でも合法的に番号を手に入れることができます。
そうした下地とAndroid優勢の市場が重なり、スマホはどんどん安価になっていきました。
インドネシア市民は、今や片時もスマホを手放せない状況に置かれています。
すると今度は、スマホアプリビジネスが盛んになりました。この国は東西に広く分布する島嶼国家。
しかも環太平洋火山帯に沿う山岳国でもあります。そういうところは、電話線を敷くにも大変な労力を必要とします。
都市部の中でもインフラ整備が充分とは言えず、それが長年の課題として横たわっていました。
ですが今、スマホアプリがそれを一気に解決するかもしれない段階にまで来ています。
バイクタクシー配車サービス『Go-Jek』

インドネシア市民にとって、スマホは仕事道具でもあります。
たとえば『Go-Jek』というアプリは、バイクタクシーを任意の場所に呼び出すことができるスマホアプリです。
これは利用者側に大きな利便性を与えるのはもちろん、バイクタクシーで生計を立てる事業者側にも収益をもたらしています。
原付さえ持っていれば、基本的には誰でもGo-Jekのライダーになることができます。
この国のタクシー業界の従事者は地方出身者が多く、豊かでない地域から出稼ぎでやって来る人もいます。
彼らはジャカルタの細かい地理を知りません。Go-Jekが登場する前は、バイクタクシーが客を乗せたまま道に迷ってしまうということがよくありました。
ですが今や、Google Mapと連携したGo-Jekのアプリがカーナビの役割を果たしてくれます。
これに従えば、「目的地がどこか分からない」ということはなくなります。
仲買人搾取をなくす現地系EC『Rego Pantes』

Go-Jekはここ2年ほどでベンチャー企業から大企業へ急成長しましたが、それに続かんとばかりに様々なスタートアップが独創的なアプリサービスを提供しています。
その数はあまりに多いため、この記事内ですべてを紹介することはもちろんできません。
非常に悩むところではありますが、ここでは一例として『Rego Pantes』という現地系サービスを取り上げます。
インドネシアでは、農村部の貧困が社会問題になっています。
農業とは平たく言えば「肉体労働」で、そのため高学歴者のやることではないという認識がこの国にはあります。
すると誰も農業をやりたがらなくなり、結果的に食料自給率の低下を招いてしまいます。
実はインドネシアは、農産物をオーストラリアやニュージーランドからの輸入に頼っているという側面があります。
しかもインドネシアの農産物は、仲買人が非常に多いことでも知られています。
小売市場に到達するまでに5業者、6業者と渡っていくので、作り手の取り分が少なくなっていきます。 それを解消するために発足されたのがRego Pantesです。これは、生産者と消費者を直接つなぐ農産物専門ECサービスです。
商品の詳細をクリックすると、生産者のプロフィールが表示されます。
流通をオンライン化することにより、余計な仲買人を淘汰できると同時に産地を明確にできるという仕組みは各自治体の首長も絶賛しています。
生産者から見れば、スマホがあればより多くの収入を望めるということでもあります。
後編・現地市民がスマホを手にするまで
後編では、現地市民とスマホ購入についてを紹介しています。
新製品情報はどこで見る?
インドネシア市民がどのようにスマホを購入しているかを見てみましょう。
まず注目すべきは、この国は日本以上にモバイルメディアが充実しているということです。
インドネシアで流通している機種の数は、日本人の目から見れば非常に膨大です。
それらを全てレビューするのは、物理的に不可能と言えます。ですが言い換えれば、現地のテクノロジーライターの仕事は尽きないということです。

上の画像に写っているのは、現地のモバイル専門新聞『PULSA』です。
2週間に一度の発行で、各社のフラッグシップモデルをきめ細かく調査した記事で人気を集めています。
さらに現行販売機種の価格一覧表もあり、これには中古機の売値も記載されています。

筆者は前編の項目の中で「iPhoneは高級品」と書きましたが、2017年10月25日発行のPULSAを読むと、16GBのiPhone SEの中古機は450万ルピア(約3万8000円)で売られているそうです。
これならば、他のメーカーのミドルエンドクラスと大差ない価格です。iOSのブラウジングを利用したいという人は、こうした情報を積極的に取り寄せます。
ちなみに、PULSAはWeb版も用意しています。こちらも本紙に負けず劣らずの細かさで、正直これはマニア向けのような気もします。
インドネシアという国で本腰を入れてモバイルメディアを運営すれば、自ずとそれだけの情報量になっていくということでしょう。
モバイル専門ショッピングモール
さて、情報を仕入れた現地市民はその足でショップに向かいます。
iPhoneを新品で買うとしたら、何と言ってもショッピングモール。
ジャカルタは少し市内を歩けばすぐにショッピングモールに突き当たるといったような具合で、買い物をする場所には困りません。
とくに中心部に位置する『グランド・インドネシア』は、富裕層向けの大型商業施設です。
Appleやサムスンなどの大手メーカーのハイエンドモデルは、こうした施設の一角で扱われています。
ですが、一口に「ショッピングモール」と言ってもこの国では千差万別、百花繚乱という状況です。
その中で『ITC Roxy Mas』は、何とモバイル機器に特化した商業施設。ここに来れば、どのような端末も手に入るという噂があります。

施設内はスマホメーカーの広告だらけで、今はOppoのロゴが一番目立ちます。
その次にサムスン、Vivo、Huaweiという順でしょうか。広告の占有率は、自ずとメーカーの人気順位を表しているようです。
Roxy Masはグランド・インドネシアに比べたら、その雰囲気が雑然としていて庶民の熱気もよく伝わります。
ガラスケースに並んでいる製品も、我々外国人の目から見れば安価なものばかり。安いものでは100万ルピア(約8400円)を切るものもあります。
現地系メーカーが40万ルピア(約3400円)のスマートウォッチを販売していたことには、さすがに驚かざるを得ません。
かつては「BlackBerry大国」だった
じつはインドネシアは、数年前までBlackBerryが大きなシェアを確保していました。
2000年代、日本人はあまりに多機能なフィーチャーフォンを手にしていたため、一部のマニアを除いて海外のスマートフォンには殆ど関心を持ちませんでした。
そしてスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表する前まで、「スマートフォン」と言えば専らBlackBerryの端末を指しました。
BlackBerryが提供するメッセージサービス『BlackBerry Messenger(BBM)』は、インドネシアで大いに受け入れられました。
ですがBBMはあくまでもBlackBerry端末限定のアプリで、それが故に「BBMがやりたくてBlackBerryを買う」ということが現象としてありました。
ところが、iPhoneが登場してから事情に変化が訪れます。全面タッチパネルのスマホが当然のものとなると、物理キーボードのBlackBerryは急速に陳腐化します。
その上、BBMがAndroidとiOSでのアプリリリースを始めると、もはやインドネシア市民がBlackBerryを購入する意味が失われていきます。
BBMは現在でもインドネシア人にとっての有力な連絡ツールですが、彼らが手にしているのはAndroidの端末です。
さらにこの流れは、現地政府にとっても実りのある結果をもたらしました。
先述のようにインドネシアは投資を呼び込むために部品調達率規制をかけているのですが、BlackBerryやiPhoneはOSの供給をクローズしています。
スティーブ・ジョブズは増えすぎた製品ラインナップを絞り込むためにそのような方針を打ち出したのですが、こうなると新興国にとっては「スマホ製造関連の投資を呼び込みづらくなる」ということが発生します。
一方、OSを積極的に他社供給しているAndroidは、インドネシア政府にとっては非常にありがたい存在です。
OSさえあれば、製品の国内製造の目処が立ちます。Android端末ならば、国内部品調達率3割以上を達成しやすいというわけです。
こうしたことはインドネシアに限らず、インドでも同様の政策が施行されました。
全国に電波塔を
こうしてインドネシアではスマートフォンが爆発的に普及したのですが、その先にまた大きな問題が待ち受けています。
インドネシアはあまりにも広大な島嶼国家、という問題です。
インドネシアの国是は「多様性の中の統一」。多民族、多宗教という事実を受け入れた上で団結しようというものですが、こうしたことがあるためミャンマーのロヒンギャのような「国民としての権利が与えられない国民」はインドネシアには存在しません。
確かに素晴らしいことなのですが、すると今度は「各地方平等のインフラ整備をしなければならない」という建前が出てきます。
ですが、現実はやはりそうとは言えません。ジャワ島と東部島嶼地域では別世界のような環境で、小学生の通学路すら満足に整備されていない地域もたくさんあります。
それは、スマートフォンを利用する上での回線敷設も同様です。現状、地域によって電波塔の数に大きな差があります。
そこで最近は通信最大手Telkomなどが主導して全国各地域での電波塔設立事業が本格化しています。
とくにナトゥナ諸島での通信回線の整備は、中央政府も大いに後押ししています。中国との領有問題が取り沙汰されている地域です。
ナトゥナ諸島の通信事業を国内の業者に任せ、「ここはインドネシア領である」ということを不動の事実にしたい中央政府の意向が見て取れます。
まとめ
以上、インドネシアのスマートフォン事情を解説しました。
この国は2億5000万人の人口を誇り、それ故に非常に旺盛な内需があります。
ですが今までは、その内需に対して社会システムが対応し切れないという面があったのも事実です。
飛行機のチケットを買うにも、窓口に行列を作らなければ買えません。すると、それを狙った転売屋が出てきます。
ひどい時には、転売屋がチケットの殆どを買い占めて利用客は法外な値段を払わなければならないということもありました。
しかし、今ではそれが過去の出来事になりました。チケットの流通が完全オンライン化されると、ダフ屋の出没する余地はなくなります。
また、スマホの存在により社会全体が効率化され、膨大な内需をひとつひとつ処理できるようになっていきます。
スマホを通して電子決済も普及するようになっていき、全国民の銀行口座保有率が50パーセントを切っているこの国の金融業界にも変化の時が訪れています。
iPhoneを始めとしたスマートフォンは、人類を大きく進化させようとしています。
公開日時 : 2018年10月26日

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